中卒、親に捨てられ、天王寺の駅でボコボコに…

大山です、

すでに知っている方も
たくさんいると思います。

僕は日本の義務教育である、
中学校を卒業し15歳で社会にでました。

いわゆる、中卒ってやつです。

「なぜ?高校に
行かなかったのですか?」

こう何度か、、
聞かれたことがあります。

様々なことがあったので
一言で伝えられないのですが、、

『行“か”なかった』というよりは、

『行“け”なかった』
という方が正しいです。

というものの、、

僕は2歳から、
養護施設で育ってます。

生まれてすぐ、親が離婚し、
父親に引き取られたのですが、、

施設に預けっぱなしで
一切、、僕の面倒をみない。

ってことで、途中から、
母親に親権が移ります。
(父親の記憶は一切ないんだよな…)

これで親元に帰れる??
と、、思いきや、、

うちは裕福ではなかった…。

そして、僕が生まれる前に
兄が2人誕生していました。
(3兄弟の末っ子です)

なので、女手ひとつで、
育ち盛りの子供3人を養う
経済力はありません。

だから、僕だけ
そのまま施設で育ったんです。

保育園、、小学校、、中学校、、
と育っていくにつれ、、

「俺は、、、なんで?
親元から学校にいけないんだ??」

と疑問が虚しさとなり、、
僕の心に襲いかかりました。

そして、いつしか僕は、
夢想家になっていました。

(夢想家とは実現できそうも
ないことばかり考える人)

「高校からは親元から学校に通えるだろう…」

そう、、夢想してたんです。

===================
親元から学校に通う
===================

これは、多くの人にとっては
当たり前の日常ですが、、

僕にとっては夢のまた夢でした。

そして、それは、結局、、
叶わぬ夢として夢のまま終わりました。

というより、、

高校にいっても
親元からは通えない。

そう…施設の先生から諭されたとき、
自ら夢の終幕を選択したんです。

なぜか?

子供の頃の僕は、、
もの凄く単純だった。

単純に施設から学校にいくのが
もう耐えられなかったんです。

だってね、、
周りと違う環境に、、
いつもいつも違和感しかなく、、

参観日も赤の他人の
施設の先生が来て恥ずかしい思いを
したし、、。

なんか、そういった
『現実のゆがみ』にとうとう、、
耐えられなくなったんですよね。

だから、15歳で高校に
行かない選択をしたんです。

といっても、、
カッコいい選択ではありません。

当時は若気の至りというか、、、
後先考えずの勢いしかない決断でした…。

事実、、16歳から28歳まで
学歴に人生を振り回された、、。

とにもかくにも、、
中卒OKの仕事がない!(笑

だから、高卒と偽り仕事を始めるが、、
のちのちバレてクビなったり、、、、。

コンビニのアルバイト面接に
落ちたり、、。。
(これは、、心臓をえぐられたな…)

学歴がない自分に
心底嫌気がさしたのを覚えてる。

まぁ、、日本は学歴社会だから、
当たり前の仕打ちなんですけどね。

今、36歳なので、
もう21年前の話なんですけど、、、

でもね、、今、思い返すと
高校に行かないという決断が
僕の人生を彩り豊かにしてくれているんだなー。

最近そう思うんです。

つまり、、親元から
学校に行けず幸運だったと。

だってね、、何も知らない
超生意気なクソガキだったから、、
社会にもみに揉まれた。。

15歳で大阪いったら、、
めちゃくちゃ怒られた…、、

怒られるって言葉じゃ
言い表せないほど、、しごかれた、、。

態度、言葉遣い、箸使い
食べ方、挨拶、、

僕がやることなすこと、、
すべてにダメ出しをくらった。。

3つ上の高卒で同期の先輩に、
天王寺の駅でボコボコにされた時は、、

警察が神様に見えたなー(笑

でも、、そういう経験から
得たものがたくさんあった。

「このままの俺じゃ、生きていけないや、、」

そう思ったんです。

生き方・考え方を
正さないとヤバいね、、と。

それから、人の話を
真剣に聞くようになれた。

上の空の態度や反発する心を
一切捨てさりほんと一生懸命に
聞くようになった。

そして、一般的な知識、、
世間の常識など分からないことは
自ら、人生の先輩に聞きまくった。

分からないことは、、
人に頭を下げて聞く。

教えて下さい。
お願いします。
ありがとうございます。

こんな当たり前の
言葉が言えるようになった。

学歴がないからこそ、
「多くの人の知恵」を借りる。

こういったことを
自然とやれていたんです。

また、世間様は優しいんだなー。

聞くと嬉しそうに
丁寧に教えてくれるしね。

・目上の方の話を真剣に聞くこと
・分からないことを人に聞くこと

それが当たり前になったことで
今の自分が形成されているんだなーと。

そう思うんです。

だから、親元から学校にいけず
高校に行かない選択をしたことを
幸運だったと言い切れる。

ビジネスも同じように
先人の知恵や経験からヒントを
得るのは大切なこと。

困ったときこそ、
壁にぶち当たったときこそ、、
何もわからない状態のときこそ、、

先人の知恵を借りる。
素直になって聞く。

経営の神様と呼ばれる
松下幸之助氏は、、

たくさんの意見を聞いてから決める

『衆知経営(しゅうちけいえい)』
(衆知=多くの人の知恵)

をされていました。

ぜひ、あなたも聞くことを
怠らずに生きていってください。

僕も人生をかけ素直に聞くという
当たり前のことをやっていきます。

いつも最後までお読みいただき、
ありがとうございます。

またメールしますね。

セールスコピーライター
大山祐矢
(福岡・自宅兼オフィスより)

ABOUTこの記事をかいた人

大山祐矢

セールスコピーライター・マーケター これまで、1000名以上の方にビジネスの基礎からネット集客法や セールスコピーの技術などを伝え、数々の売上・集客アップに貢献している。 現在はセールスコピーライター養成活動にも力を入れている。